Soravelのジャンクブログ

哲学科の大学生が素人発言します。

科学的世界観が暴露した恐怖としてのクトゥルフ神話の話

皆さんはクトゥルフ神話をご存知でしょうか?

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クトゥルフ神話は、二十世紀に、H•P•ラヴクラフトとその友人達が、設定(神々や地名、書物など)を共有して作り上げたホラー小説群を元にした、架空の神話です。

現代では、ライトノベル(『這いよれ!ニャル子さん!』(2009〜2014年))やそのアニメ化、ゲーム、そしてTRPGの設定に多く用いられるなどして、様々なメディアでモチーフにされています。もちろん、原作の映画化も沢山あります(『カラー・アウト・オブ・スペース−遭遇−』(2019年)など)。朝霧カフカによるTRPGプレイ風の映像作品、『ゆっくり妖夢と本当は怖いクトゥルフ神話』は、一時期話題となり、私も何度か観ました(著作権の問題で色々あるようですが)。

クトゥルフ神話では、様々な神話生物が登場します。どの神話生物も、現実には存在してはならないような、冒涜的で、名状しがたく、見るだけで発狂してしまうような外見をしています。ただ、おおよそタコをモチーフとした見た目なので、タコを不浄のものとする文化ではなく、むしろ食べるような日本人には、あまり怖さがわからないという声もよくあります。これを擬人化して女の子にしてしまうから日本人はやばいわけです。

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原作のジャンルは、ホラーではありますが、コズミックホラー(宇宙的恐怖)と称されることが多いですし、ラヴクラフト自身がそれを提唱したそうです。全ての作品がコズミックホラーかといえばそうでもないのですが。

ところで、コズミックホラーとはなんでしょう。コズミックホラーとは、「無機質で広漠な宇宙において人類の価値観や希望には何の価値もなく、ただ意志疎通も理解も拒まれる絶対的他者の恐怖に晒されているのだという不安と孤独感をホラー小説に取り込んだもの」(Wikipedia)というような定義がよくされています。

さて、今回の記事は、「科学的世界観が暴露した恐怖としてのクトゥルフ神話の話」というタイトルです。私は、コズミックホラーが、人間の世界観の変貌によって生まれた新たなホラーだと考えています。

ここからの内容は、コズミックホラーというジャンルは、科学的世界観の台頭を起源に持つという、私自身の考察(感想)を述べます。

ニュートンらが近代の物理学を体系として完成させた後、もともとはキリスト教と不可分だった科学が、独立して世界観を作り始めました。キリスト教の世界観では、聖書に記されているように、世界も人間も神によって創られたことになっています。大雑把ですが、当時のヨーロッパではこのような世界観が一般的でした。しかし、科学の発展によって、宇宙はどうもとてつもなく広いこと、人間は神によって創られたのではなく猿から進化してきたとことなどが判明します。また技術の発展により、宗教に頼らずとも生活が豊かになることもあったのでしょう、徐々にキリスト教的世界観は薄れていきました(この辺の思想の変遷は、もっと詳しく調べなくてはいけません)。

ラブクラフト自身も無神論者であり、彼は科学的世界観の中で生きていたと言えます。現代では彼のように、宇宙と人間は、神によって創られたのではないと考える人は、少なくありません。

科学技術の発展は、我々に豊かな生活をもたらしてきました。しかし、このような科学的世界観は、一方で、重大な事実を暴露したのです。

それは、我々人類が、なんの必然性もなく、全く偶然に生まれ、しかも、広大すぎる宇宙では、信じられないほどちっぽけな存在であり、宇宙の気まぐれ一つで簡単に消え去ってしまうような存在であるという事実です。

読んでくださる方の中には、寝る前に、宇宙の壮大さを想像し、途方にくれてしまった、という経験がある方がいらっしゃるでしょう。そのような感覚は、宇宙の広さと、われわれの無意味さを、科学が明らかにしたことからくるのです。

キリスト教的世界観では、人間は、そしてこの大地も天も、神の意志によって創られました。人類の滅びのときでさえ(黙示録、ノアの大洪水など)、そこにはちゃんとした意味がありました。普段の生活も、終末において救いに至るための過程として意味づけされました(ちょっとここは自信ない)。しかし、科学的世界観のもとでは、人類の誕生にも、人類の終わりにも、何の意味もありません。たとえそれを奇跡と表現しようと、単なる偶然であることに変わりはありません。そして、広大すぎる宇宙の気まぐれには、我々には何ら交渉の余地なく、いつ訪れてもおかしくない意味のない終焉に怯えるだけなのです。

ここで、コズミックホラーの定義を思い出しましょう。それは、「無機質で広漠な宇宙において人類の価値観や希望には何の価値もなく、ただ意志疎通も理解も拒まれる絶対的他者の恐怖に晒されているのだという不安と孤独感をホラー小説に取り込んだもの」でした。少し私の恣意的な感じは認めなければなりませんが、コズミックホラーは、科学的世界観が暴露してしまった事実に対する恐怖なのです。コズミックホラーは、科学的世界観が生み出した新たな恐怖と言えるでしょう。

以上が、コズミックホラーの起源に対する私の見解です。

おまけ

クトゥルフ神話には、コズミックホラーそのものような神話生物が登場します。それは、アザトース(アザトホース)呼ばれる神です。

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アザトースについては、様々な見解があり、宇宙を創造したとか、我々の宇宙はアザトースの夢に過ぎないとされたりといろいろですが、アザトースの気まぐれによって、この宇宙など簡単に消えてしまうような、強大な存在として解釈されることが多いです。まさに、宇宙的恐怖の象徴的な神ですね。最後に、ラヴクラフトによるアザトースの描写を引用して、この記事を締めます。長々とありがとうございました。

「すべての無限の中核で冒瀆の言辞を吐きちらして沸きかえる、最下の混沌の最後の無定形の暗影にほかならぬ―すなわち時を超越した想像もおよばぬ無明の房室で、下劣な太鼓のくぐもった狂おしき連打と、呪われたフルートのかぼそき単調な音色の只中、餓えて齧りつづけるは、あえてその名を口にした者とておらぬ、果しなき魔王アザトホース」
(『ラヴクラフト全集 6』173頁)