「グッチぃ・マク・ぼ」の哲学ではない何か

哲学科の大学生が書きます。

あたまは悪いほうがいい 意外と面白い入試現代文1

入試現代文はおもしろい

 皆さんは中高生時代に現代文の勉強をしたと思いますが、多くの人はあまり面白くないと思いながら勉強していたかもしれません。

 

 しかし、受験を離れてからバイトで現代文を教える機会があり、読んでみると案外面白いんですね。

 

 というのも、著名な方の作品のなかでも、主張をわかりやすくまとめられた文章を選んでいるからなんです。

 

 そこで、入試現代文の問題集などで取り上げられている文章を簡単にまとめてみたら面白いんじゃないかと思い、このブログ記事を書いてみることにしました。最初の問題文は寺田虎彦の『科学者とあたま』からです。楽しんでいただけたら幸いです。

 

科学者のあたまは悪いほうがいい?

 世の中では「科学者はあたまが良いほうがいい」という考えが一般的でしょう、その一方で「科学者はあたまが悪くならなければならない」という考えもまたある意味では正しいと彼は言います。科学者には科学者に必要な頭の悪さというものがあるのです。

 

それは

 

⑴物わかりの悪い朴念仁であること

⑵困難が見えない空想的なひとであること

⑶だめだとされる試みを続けること

⑷できると思い込むこと

 

の四点です。詳しく見ていきましょう。

⑴物わかりの悪い朴念仁であること

 科学では、普通の人が容易に納得してしまうような現象に対して「なぜ?」を突き付けることが重要です。

 

 例えば紙に火を近づけると燃えます。普通の人はそれに対して何の疑問も抱かず「火が近づいたから燃えた」と簡単に納得して生活できると思うのですが、科学者はそんなに簡単に納得してはいけないのです。

 

 科学者はそこに「何故紙はすぐ燃えるが鉄は燃えないのか?」「燃えるものと燃えないものの違いは何なのか?」などの疑問を認め懸命に考える、そういう物わかりの悪い朴念仁でなくてはならないのです。

 

⑵困難が見えない空想的な人であること

 妙にあたまのいい人が何か始めようとするとき、これからおこる多くの困難が次々と頭に浮かびます。そのとき前進する勇気をなくしてしまいやすいのです。

 

 ですからこれからの困難がよくわかっていない空想家のほうが、かえって前に進みやすいのです。そして難関にであったとしても、存外切り抜けていくのです。なぜならどうしても抜けられない難関というものは極めて稀だからです。

 

⑶だめだとされる試みを続けること

 ⑵とも関連するのですが、科学者は頭の良い先人がだめだとした試みを一生懸命続けてしまうような人でなければなりません。

 

 確かにあたまの良い先人の言うように確かにそれがだめな試みであることもあるでしょう。しかしそれがわかった頃には、なにかしらほかのだめでないものの糸口を発見しているのです。

 

 それは実際に行動しなかった人間には手に入れることのできない糸口であることも少なくありません。

 

⑷できると思い込むこと

 えらい、すごいとされる人の仕事を見たとき、自分にはできないと思ってしまうことは、向上心を阻害します。

 

 スキーの羽生選手のジャンプを見て、自分にもできる!と思う人は少ないでしょう。

 

 しかし、「自分でもできるんじゃね?」と思ってしまうくらいのあたまの悪さが向上心の刺激にとても重要です。

 

 そして自分もやってみる、そこに成長がありますし、実際に成功させてしまうこともあるのです。

 

 科学者はすごい人を見て、「自分でもできるんじゃね?」と思ってしまうような人間であるべきなのです。

 

おわり

 この文章には結構独断的なところがところどころ散見されますが、科学だけでなく何かにチャレンジする人に非常に助けになる文章であるように思われます。多少のあたまの悪さが、人が行動しチャレンジすることに必要ということです。